第七図 忘牛存人
[序]
法に二法無し、牛を且く宗と為す。
蹄兎の異名に喩え、筌魚の差別を顕わす。
金の鉱を出ずるが如く、月の雲を離るるに似たり。
一道の寒光、威音劫外。
【現代語訳】
真理の法は二つとない。牛をしばらく真源に例えたまでだ。
兎を捕る罠や魚を獲る網同様、牛も真理へ至る為の一つの方便である。
金が鉱山から出てくるように、また、雲が晴れればそこに月があるように真理はずっとそこにある。
寒月のように冴えわたったその光は、宇宙始まって以来の無限のような時間をも超越している。
[頌]
牛に騎ってすでに家山に至ることを得たり。
牛もまた空じ人もまた閑かなり。
紅日三竿なお夢を作す。
鞭縄空しくさしおく草堂の間。
【現代語訳】
牛にのって故郷の家にようやく辿り着いた。
牛はどこかへ行ってしまったが、人はのんびりとしている。
お日さまが高く上っても、ゆっくり昼寝でもしていよう。
鞭や縄も、草庵の片隅に置いて忘れられている。
よしあしとわたる人こそはかなけれ ひとつ難波のあしとしらずや
しるべせん山路の奥のほら牛の 飼い飼うほどに静かなりけり