Profile 司空禪庵

司空禪庵 

無為

禅寺の子として生まれ、幼少期は3歳頃より達磨大師の頂相を前に坐禅、お釈迦様や達磨大師の絵本を愛読し、筆先を水で濡らしアスファルトの地面に文字や山水を描いていた。

思春期、周囲の混沌とした環境の影響もあって、人間の心の様々な闇に触れて、人間の実存的な苦に目覚める。

大学時代はジャズギタリストとして関西のライブハウス中心に活動。音の中に心の救いを求めて没頭する。

あるJAZZピアニストが生前に残した言葉「まあるい心」がきっかけとなって、大学卒業後は禅の道へ。臨済宗の専門道場で修行後、本山管長の侍者を務める。

原田雪渓老師の著書『The・禅―ダルマは世界を駆ける』と出会い、日本にも生きた法脈が存在している可能性を見出す。そして原田雪渓老師の法嗣 飯高転石老師に邂逅、一目で正師と確信し参禪。2015年2月の涅槃会の日、帰家穏坐。飯高転石老師より印可。

その後自らは表に出ず、和光同塵、聖胎長養に努めるが、次第に真理を求める修行者達が自然と集い始め、求めに応じダルマを伝え始める。いつしか国内外から修行者が集うようになり、現在では、老若男女僧俗の枠を超えた新時代の禪のサンガが形成され、摂心や坐禪会、法話会、武術指導、ボディーワーク指導等の行事を多年に渡り相続している。

また、易筋経、洗髄経、達磨流拳法など、ボーディー・ダルマを由来とする古伝の行法にも長年取り組むことで身体性を深め、禅宗という宗派になる以前のボーディー・ダルマの【原初の禪】を現代に甦らせることを志している。

近年は、サンガの主宰や禅寺の住職としての責任を果たしながら、三千院、堀澤祖門師主催の「釈迦の会」、日本ヨーガ禅道院、円覚寺や圓福寺などの臨済宗専門道場などにも講師として出講。また経営者や起業家の様な組織のリーダー達にも禪の教えを広めている。

【近代の法脈】

①白隠−遂翁−春叢−懶翁−敬峰−飯田トウ隠

②白隠−峨山−卓洲–蘇山−羅山−鄧州(南天棒)−飯田トウ隠

飯田トウ隠−井上義衍−原田雪渓−飯高転石−無為

現在の臨済宗は基本的に白隠−峨山系統の流れになりますが、その法脈の印可を得ていた飯田トウ隠老師は只管打坐による身心脱落後、後世の為に法脈を正そうと、一糸のみ残っていた白隠−遂翁系統の法脈を継承しています。ですので、曹洞宗で出家された飯田トウ隠老師自身は、臨済宗の①白隠−遂翁系統と②白隠−峨山系統の二つの臨済宗の法脈を継いでいるとも言えます。

禅界において五百年間出とまで呼ばれた飯田トウ隠老師は日本の禅の再興を志し、臨済宗よりも寺院数の多い曹洞宗で出家されました。

しかし、臨済宗か曹洞宗かを論じること自体、ダルマにおいて本質的なことでありません。宗派による家風の違いなどは確かにありますが、辿り着く意識の真源には宗派などありません。飯田トウ隠老師は禅が臨済・曹洞などの宗派に分裂する以前の達磨の【禪】を志向して少林窟を開単されました。

本来の【禪】は、形式的な宗派を保つことよりも、一人一人がダルマに目覚めることを重んじています。全ての人が真理の顕れです。社会的な意味で、何者かになろうとするのではなく、一人一人が自己の本質に目覚め、宇宙でたった一人の自分自身になること、それが【禪】です。

司空禪庵にも宗教・宗派・思想・修行体系等において様々なバックグラウンドをお持ちの人達が集いますが、実際に昔の中国や日本では、宗派を越えて様々な師に参じて修行をしていくことも珍しくありませんでした。

真摯にダルマを探求をしていけば、ある段階で、世間一般常識の枠を越えた法縁や導いてくれる存在にも出会っていきます。もし、本当に真摯にダルマの道を歩まれるのなら、表面的なことに惑わされず、本当の法縁を大切にして己自究明をしていただきたいと願います。

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《禅〜意識の真源に帰る旅〜》

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