アーカイブ:2025年
カリ・ユガに生まれし光
闇
深く 深く
星の声すら届かぬ時代
神々は天を閉ざし
地は動乱に満ち
人は狂乱を恣にし
あるいは嘆きの中に沈黙していた
言葉は堕ち 儀式は空転し
偽の光が
世界を覆い尽くした時
声なき存在が
嵩山の洞窟に
坐していた
面壁九歳
声なく 姿なく
ただ真っ直ぐに
心の真源に沈みゆく
戒律を説かず 経論を立てず
あの 神の様な眼差しで
ただ 見よ と
漆黒の闇の向こうの
一点の光
人々はそれを
禪
と呼んだ
禪と禅宗
達磨大師から慧可大師へ伝わった「禪」は、釈尊から摩訶迦葉尊者へ一子相伝的に継承された仏教の秘教的道でした。
最近の禅学研究によると、現在の禅宗に直結する祖師は馬祖道一と言われています。黎明期の禪の祖師を顕彰し、そのエネルギーを受け取った彼らが形成した「禅宗」はやがて国家権力とも結びつき、沢山の寺院に巨大な伽藍を構えるまでに発展し、宋代に隆盛を迎えていきました。
法脈として地上に長く残るものとなりましたが、禪の本来の生命は形式の中に次第に隠れていった側面もあります。それは地上に法脈を定着させることと引き換えの宿命ですが、源泉が枯渇してしまえば、形式の崩壊と共に法脈は完全に途絶えてしまいます。
形式は時代と共に変わっていくものですが、護るべきものは護らなくてはなりません。禪の真の生命を甦らせるべく、サンガの皆と共に働いていきます。今年も摂心を予定しています。真摯に法を希求する方のご参加をお待ちしています。
合掌 無為
魔界入り難し
風狂の僧、一休が残した書に「仏界入り易く、魔界入り難し」という言葉あります。
清浄な仏国土の様な理想郷には喜んで入って行くことが出来るが、理想とは程遠い穢れた地獄の様な処に飛び込んで行くことは、たとえ熟達した修行者でも困難であるということです。
ナーガールジュナによれば、真の菩薩は、衆生の苦しむ様子に心を痛め、悟りや禅定の幸せさえも捨てて、自ら無間地獄にも飛び込んでいくといいます。
もちろん、悟りを捨てた菩薩の心が再び迷いに落ちてしまうということではありません。差別の世界に於いて縁に自在となれる境地があります。「煩悩即菩提」という些か誤解され易い言葉がありますが、サンサーラとニルヴァーナが境目無く溶け合い一体となる境地(無住処涅槃)が大乗仏教の目指すところです。
この濁世に於いて、人類に原初の光を降ろし啓明していく奉仕活動は決して容易な仕事ではありませんが、有情を守りたいと願う者達はたとえ輪廻の泥沼に生まれても、湖に咲く蓮華の花びらのようにその汚れにまみれることはありません。
合掌 無為
奪い合いから奉仕へ
年明けからシガツェの地震やLAの火災などが起こり、2025年は激動の幕開けとなりました。
アメリカ合衆国、ドナルド・トランプ大統領の就任も、これから世界に大きな影響を及ぼすと予想されます。
日本においても様々な事件、事故が多発しています。旧時代の弊害が取り除かれ、社会が全体ダルマの中に調和していくことを祈ります。
禪を志す方々は、ボーディ・ダルマの語録『二入四行論』の教えを、ご自身の歩みの「縁(よすが)」として頂けたら。
その教えを一言で表すならば「光に安住し、世界の為に奉仕をしていくこと」です。
自我の虚妄に基づく「奪い合い」から、「奉仕」という宇宙の本来の法則への大転換が、今の時代に最も必要とされています。
この慈しみの心に基づく菩薩の道を正しく伝えることが、禪の法脈がこの世界で果たさなければならない役割のひとつです。
合掌 無為
謹賀新年 乙巳
謹賀新年
新年乙巳の歳を無事にお迎えになりましたこと、法幸至極に存じます。 巳年の蛇は脱皮をすることから「復活と再生」の象徴とも言われています。 現在の、私たちを取り巻く世界の様子などを見ましても、まさに時代の転換期ともいえる大事なフェーズを迎えていると言えます。 一見破壊的に見える出来事があったとしても、よく見ればそこに、新時代を切り拓く様な瑞々しいエネルギーが芽吹いているはずです。 参禅者にとっては全てが糧となります。 道を歩む方々にダルマの恩寵が訪れます様、心より祈念致しております。
合掌 無為