アーカイブ:2025年10月1日

面授

禅の伝統においては、師から弟子への「面授」こそが修行の核心とされています。面授とは、文字や言葉を超えた直接伝授であり、師が弟子と向き合い、沈黙と眼差し、存在をもって仏法を伝える行為です。
面授によってまず、弟子の奥底に潜む菩提心の火が点火され、内なる誓願が目覚めます。その目覚めを契機として、弟子は師が保持する深遠なる法脈のエネルギーに結ばれ、直指人心の導きによって仏心を自覚し、聖なる智慧の歩みを進めるのです。

ただし、この面授は外形的な模倣や知識の伝達では決して成り立ちません。真に師たる者と真に弟子たる者が、因縁熟して出会ったときにのみ現成する稀有な出来事なのです。

道元禅師は、師・如浄禅師からの面授を象徴的に表現しています。
「釈迦牟尼仏の仏面を礼拝したてまつり、釈迦牟尼仏の仏眼をわがまなこにうつしたてまつり、わがまなこを仏眼にうつしたてまつり、仏眼睛なり、仏面目なり」
道元禅師にとって、真の師と相見することはすなわち釈迦牟尼仏に相見することであり、面授とは時空を超えて仏と仏が相まみえる出来事であったのです。

禅の法脈は、この面授の法門によって保たれ、釈尊の「正法眼蔵」は決して途絶えることなく、今もなお現代に生き続けています。

合掌 無為