今年もまた、摂心の季節が巡ってまいりました。今も正に、その静けさと緊張が満ちる時空の中に在ります。
摂心は、一定期間サンガと共に在り、一切の諸縁を断って「ただ坐る」という、極めてシンプルですが、禅の修行の真骨頂であり、道場において最も尊ばれる修行形態のひとつです。無始劫来の無明により見失ってしまった、心の真源を取り戻す為のこの期間は、人生の中でも特別な時間となります。
それは俗世間や情報の奔流から一歩身を引いて休息する「リトリート」などではありません。むしろ「存在」としての全責任を引き受け、真正面から生死を見据える為の厳粛な場です。ですから禅では、摂心などの参禅修行のことを「生死の一大事」といいます。
そして、摂心を終えた後、あなたは元の場所に戻るのではなく、同じ景色がまるで違って見える地点に立っていることに気づくと思います。仏法は「転依」、すなわち世界そのものの見え方を根底から転ずる道でもあります。摂心にはその可能性が満ちています。
摂心は、その期間、坐禅堂の中だけで完結するものではなく、むしろ終わった瞬間から、その人の人生全体に、香るように、深く、不可視の作用を及ぼしてゆきます。やがてそれは世界にも波及していくことになるでしょう。
あなたのその歩みが、ご自身の大切な人達の為の、世界の為の、光と成らんことを。
合掌 無為
