風狂の僧、一休が残した書に「仏界入り易く、魔界入り難し」という言葉あります。
清浄な仏国土の様な理想郷には喜んで入って行くことが出来るが、理想とは程遠い穢れた地獄の様な処に飛び込んで行くことは、たとえ熟達した修行者でも困難であるということです。
ナーガールジュナによれば、真の菩薩は、衆生の苦しむ様子に心を痛め、悟りや禅定の幸せさえも捨てて、自ら無間地獄にも飛び込んでいくといいます。
もちろん、悟りを捨てた菩薩の心が再び迷いに落ちてしまうということではありません。差別の世界に於いて縁に自在となれる境地があります。「煩悩即菩提」という些か誤解され易い言葉がありますが、サンサーラとニルヴァーナが境目無く溶け合い一体となる境地(無住処涅槃)が大乗仏教の目指すところです。
この濁世に於いて、人類に原初の光を降ろし啓明していく奉仕活動は決して容易な仕事ではありませんが、有情を守りたいと願う者達はたとえ輪廻の泥沼に生まれても、湖に咲く蓮華の花びらのようにその汚れにまみれることはありません。
合掌 無為
